Fog in the Park
CreativeCommons Attribution-NonCommercial-NoDerivs License, Laurenz Bobke

統合失調症に興味があり、色々と勉強を進めています。
今日読んだ本の中で統合失調のの方にかける言葉には
主語をつけよう、というアドバイスがありました。

「どうして何もしないの」
ではなく
「私はあなたが何もしないとつらい」
という風に語りかけるのが良いそうです。

ちょっと見た感じだと後者の方がきつい感じがしませんか?
「つらい」と感じているのは自分だと
はっきり表明してるわけですから。

僕もはじめはそう思いました。
でも少し考えるとそれは正確ではないな、ということに気付きます。
後者の方がきついと感じるのは、僕(あなた)が語りかける側だからなのです。

語りかけられる側から考えてみると前者の方がきついのがわかります。
後者は「つらい」と表明しているのはあくまで「私」だけです。
一方、前者には主語がありません。前者の言葉の主体は誰なのでしょうか?
もちろん「私」はこの言葉の主体でしょう。
しかし、この「私」以外に「誰か」「みんな」「多くの人」なども
暗に主体に含まれているように僕には思えます。
語りかけられる側は「私」だけでなく「誰か」「みんな」「多くの人」からも
暗にプレッシャーをかけられているのです。
これが語りかけられる側ならば、前者をきつく感じる理由です。

日本語では主語が省略されることが多いように感じます。
この理由は多くの人が「誰か」「みんな」「多くの人」が
主体として成り立つと考えているからではないではないかと思うのです。
多くの人が常識や慣習が正しいと考えている、または重要視しているとも言えます。

このような社会では、主体のないふわふわとした「不安」や「疑念」や「敵意」が蔓延します。
ふわふわとしているのでグサリと刺さることはないかもしれません。
代わりに、簡単に振り払うこともできず敏感な人にまとわりつきます。
このムードのせいで、日本では多くの人が苦しんでいるように思えて仕方ありません。

所要時間

この記事を書くのに30分かかりました。締めで悩んで時間がかかった。。。

管理人、というか俺の独り言

好きなことを精一杯やるだけだ、という開き直り。

昨夜の晩飯

激辛のマーボーを何食わぬ顔でいただく。
うまいんだけどあの店は化学調味料使い過ぎな気がする。

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俺って誰?

某大学文学部->業務用WEBアプリ開発->某大学医学部在学中のSoが書いてます。Webによる個人で実現できることの拡大に興味があります。